2015年10月

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君の脳はなぜ「愚かな選択」をしてしまうのか ダグラスTケンリック ヴラダス・グリスケヴィシウス 熊谷淳子訳








訳者あとがき

二人によれば、一見愚かな選択も、じつは進化上の目標にかなっている。うわべからは不合理だったり、バイアスがかかっているように見えても、進化心理学者から見ると、人々の意思決定の多くが、深い進化レベルでは賢明で適応的だ。進化上の適応度を増大させるようにつくられた意思決定メカニズムの産物であり、「深い合理性」にかなっている。





また、進化上の目標は一つだけではなく、複数の異なる目標を達成する必要があるため、我々個人は、脳の中に「7人の下位自己」を住まわせている。
この7人
自己防衛の下位自己
病気回避の下位自己
協力関係の下位自己
地位の下位自己
配偶者獲得の下位自己
配偶者保持の下位自己
親族養育の下位自己
は、それぞれ決まった進化上の問題を担当する賢い長老たちが、固有の奇癖や好みを持っている。
我々が重要な選択の場面に直面すると、進化上もっともその状況へ対処にふさわしい下位自己が決定を任せられる。

つまり、我々の脳は、かわるがわる意思決定の舵を取る7人の賢い長老に誘導され、祖先にとって賢い選択をしている。
それが「愚かな選択」に見えてしまうことがある、というわけだ…

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家庭の医療費をかしこく節約する77の方法 井戸美枝 川嶋朗

生活習慣病は生活習慣を改善すれば予防できる。そうとわかっていても不摂生を続けしまう人が多いようです。

私たちは普段、さまざまなストレスにさらされています。気温の変化や音などの物理的要因、不安や怒りといった心理的要因、職場環境に代表される社会的要因などで、うつ、狭心症、胃・十二指腸潰瘍、メニエル病などさまざまな病気の原因となります。糖尿病やガンもストレスに影響されます。
つまり、ストレスが軽減できれば多くの病気を予防することができ、医療費も減らせるといえます。

運動には、心肺・血管などの機能の維持・改善、筋力や骨の強化、ガン予防など、多くの効能があります。

薬や食事だけでは人間の運動機能を維持することはできません。適度な運動は生活習慣病予防に効果的です。

ストレッチなどの準備運動のあと、最大心拍(220-年齢)の60〜90%程度の有酸素運動を15〜30分間行うと、心肺の調整や血糖値のコントロールに役立ちます。
なお、血糖値などの改善効果がみられるのは運動の48時間後までなので、48時間以上空けずに少しずつでも継続的に行うことが重要です。
また、生命活動を維持するために必要なエネルギーのことを「基礎代謝」といい、その40%は筋肉のために使われます。筋肉の量を増やして筋肉を強化すれば、エネルギーの消費量が増えて効果的にダイエットができます。

【日常生活でできる運動リスト】

1 洗濯物干しスクワット
 洗濯物をカゴから取り出すとき、一枚ごとにしゃがむ。

2 つま先立ちダイエット
 炊事と掃除はつま先立ちで行う。

3 大またで早歩き
 歩き方を変えるだけでも運動になる。外出した時は、大またで早歩きをする。

4  階段で負荷をかける
 駅やオフィス、デパートなどではエレベーターやエスカレーターに乗らず、階段を利用する。

5 電車では座らない
 移動中の電車などで座らず立っていれば、エネルギー消費量が約20%増加する。

6 室内でも動く習慣をつける
 携帯電話は手元ではなく、離れた場所に置くなど、室内でも運動量を上げる工夫をする。

7 咀嚼(そしゃく)で脂肪燃焼
 食事はひとくち30回噛む。よく噛むと脂肪燃焼効果が高まる。

8 お風呂トレーニング
 浴槽内で手足を思いっきり突っ張り10数える。6秒以上の負荷で筋繊維が増加する。

9 ひざをつけて座る
 筋肉を鍛えると基礎代謝が上がり痩せやすくなる。座る時は両ひざをつけて内転筋(太ももの内側)を鍛える







生活習慣病を予防するには、栄養バランスのよい食事が第一。テレビなどで健康によい食材が紹介されると、そればかりを食べる人もいますが、天然、オーガニック、無添加も含めどんな食材でも「ばっかり食べ」は体に悪影響を及ぼします。

日本糖尿病学会も一時は糖質制限食を認めていましたが、今は特定の栄養素を制限するのではなく、総エネルギー摂取量の制限を最優先とする、ということに変わっています。
炭水化物のみを極端に長期的に制限することについて、安全性などのエビデンスが不足しているという見解です。

私は例外的に、血糖値が高いといった人は、糖質制限を参考にしてもいいと思います。しかし、糖質制限をずっと続けるのはおすすめできません。やはり食事自体は、バランスよく食べることが基本です。





便の70%は水分ですが、固形成分の大半は腸内細菌です。善玉菌が増えれば便の量も増え、腸内の老廃物も排出されやすくなります。キノコ類は善玉菌のエサとなる食物繊維も豊富なので、免疫力アップには理想的な食材です。








これまで私が診てきた生活習慣病の患者さんの多くは、体が冷えていました。冷えは万病の元です。冷えを改善すれば代謝や免疫力が上がるので、かなりの病気を防げます。

体の細胞は毎日入れ替わっています。入れ替わりのサイクルが一番短いのが小腸で24時間です。小腸ガンは全消化器のガンのうち、0.2%という非常にまれなガンですが、それは細胞の新陳代謝が早いため、ガン細胞が振り落とされてしまうからです。
新陳代謝のサイクルが一番長いのは、70歳以上の人の骨で3年かかります。逆にいえば、3年あれば体のすべての細胞が入れ替わります。
体には自分で正しいものを作り出して、悪いものを排除する仕組みが整っています。その仕組みが問題なく働くようにしていれば、たいていの病気は3年以内に治るはずなのです。

普段の生活の中では、湯たんぽで冷え取りができます。全身を温めたいときは、太ももやお腹などら血流の多いところを温めるようにします。首、手首、足首などは皮膚から動脈か近いので、ここが冷えると血液も冷えます。







医師が処方した薬だし、なんとなく飲みたくないからと自己判断で服用をやめて薬を捨てるのも医療費のムダ遣いです。薬をやめるとどの様な影響があるのかを知っていて、何があっても自分で責任を取るなら構いませんが、勝手に薬をやめておいて具合が悪くなると泣きついてこられるのは迷惑です。
薬は患者が「必要なのでください」と言うべきだと思います。「努力して痩せました。運動もしていますが、血圧が下がりません。脳卒中や心筋梗塞のリスクを下げたいので薬をください」と言うくらい、患者が主体的になれば、医療費を減らせるはずです。











「介護されながら生きるのは嫌。でも、そうならないための努力も嫌。楽をしたい」という人が増えています。高齢の方には「寝たきりになりたくなかったら立ちましょう、歩きましょう」と勧めています。足腰を鍛えたかったら、駅などではエスカレーターやエレベーターを使わず、階段を利用することです。電車では「健康なお年寄りには席を譲らない」運動を展開してもいいのではないかと思います。立っている方が足腰が丈夫になり健康寿命も延びます。冷たいのではなく、むしろおもいやりです。










…では、どういう点に注意すべきかを見てみましよう。まず、手術をするためにかけられる全身麻酔は肺機能の低下を引き起こします。タンを吐き出す力や食べ物を飲み込む力が弱まり、肺炎を起こしやすくなります。手術後錯乱や妄想状態になるせん妄になり、転倒して骨折することもあります。また高齢者は手術後1週間寝ているだけでも筋肉が低下し、そのまま寝たきりになる人もいます。必ずしも手術をすればいい、というものでもないのです。
手術をしないほうが長生きできた、あるいは手術をしてもしなくても寿命はあまり変わらないというケースもあります。高齢者の手術は、メリットとデメリットをよく確認してから決めることをおすすめします。手術後はどのくらいの期間寝ていなければならないのか、寝たきりにならないためにはどうすればいいかなども医師に聞いておきましょう。













望んでいない延命治療をされないためには、元気なうちにエンディングノートなどに希望を明記しておくことです。そして、救急車は呼ばないこと。なぜなら、医師は患者が目の前に来たら自動的に助けようとしてしまうからです。
「延命」の範囲も医師によってまちまちです。具体的に意思表示をしておけば余計な治療を受けずにすみ、医療費のムダを出さずにすみます。









エンディングノートは家族のためにも必要です。患者さんが意識不明の重体になったとき、延命治療など選択を迫られた家族はどうすればいいかわからず、望まない結果になり、それがずっとトラウマになることがあります。また、患者さんの望みどおりにしたのに、はっきりと文章にしておかなかったために、親族から非難される人もいます。エンディングノートがあれば、そういった事態も避けられます。
エンディングノートを書いたら、家族にその存在を知らせておきましょう。お子さんが就職や結婚した時などに渡すのも手です。内容は変えてはいけないという決まりはないので、気が変わったときには書き直しても問題ありません。















費用については冒頭で「基本的に」と延べましたが、費用をおさえられるのは主に家族が介護を行い、延命治療などはせず「枯れるように」亡くなっていく場合です。1人暮らしで寝たきりなど自分で身の回りのことができず、訪問ヘルパーなどを長期間利用したり、延命治療などを行ったりすると病院より高額になる可能性があります。
急変した時の対応、延命治療などについても家族間で意見が食い違うことがあるので、事前に話し合っておくことが大切です。












メタボ健診で医療費を下げると厚労省は公言しておきながら、下がるどころか上がっています。国に頼っていても日本を救うことはできません。

家庭の医療費の節約も重要ですが、国家の医療費の節約は切迫した課題なのです。病気にならないということは、自身のみならず国家も救うことになるのです。


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「肛門の腫れ、痛み、出血 痔」  岩垂純一監修 NHK出版


食べ物の出口である「肛門」は、食べ物の入り口である「口」と同様、私たちの体にとって、とても大切な働きをしています。しかし、肛門は、普段の生活のなかで、とかく軽視されてはいないでしょうか。

この本で取り上げる「痔」は「日本人の3人に1人は患わっている」といわれるほど、ポピュラーな病気です。




肛門の周辺に生じた病気を総称して「痔(じ)」と言いますが、痔は誰に起こってもおかしくない病気です。

結論から先に言いますと、痔の治療で手術をするのは、よほど重症の痔を患っている場合です。かつて「痔の部分はすべて切り取る」という治療の考え方が一般的だった時代もありましたが、今では、手術は極力避けるようになっています。

いくら治療を受けても、痔の根源である便秘や下痢の習慣があれば、痔は治りませんし、治った場合でも再発しやすいのです。逆に言えば、便秘や下痢が起こらないような日常生活を維持していけば、痔は治りやすく、また、新たな痔の発症を予防することになります。

痔は生活習慣病の一つともいえ、一生付き合っていかなくてはならない慢性病です。薬を飲めば治る病気などとは違って、生活習慣を見直して、毎日毎日、丁寧にケアしていくことが大切です。「痔とうまく付き合っていくことが出来る人」が、痔の悩みから脱出出来ると言ってもよいでしょう。




肛門の一番内側を取り巻いているのが内括約筋で、これは「不随意筋」といって、自分の意志に関係なく動き、肛門を一定の力で締めています。眠っているときに、肛門から便やガスが漏れないのは、この内括約筋の働きのおかげです。内括約筋は、便が直腸に溜ると自然にゆるみ、排便がすむと、また元どおりに締まります。

内括約筋の外側をぐるりと取り巻いているのが、外括約筋です。これは随意筋といって、自分の意志で動かせます。便意やおならを我慢するときに、きゅっと肛門を締められるよは、この外括約筋のおかげです。





痔核は肛門を閉じる働きをしている「肛門のクッション」の部分に起きます。肛門に様々な負担がかかると、このクッション部分がうっ血してきます。そしてクッションを支えている組織がちぎれたり緩んだりして、クッション自体がだんだん大きくなって、いぼのように膨らんでくるのです。

痔核は、直腸と肛門の境目である歯状線よりも上、つまり、直腸部分のクッションが大きくなった「内痔核」と、歯状線より下の肛門のクッション部分が大きくなった「外痔核」の2つに分けられます。普通、痔核と言えば、内痔核のことを指します。





外痔核ができると痛みを伴いますが、特に問題になるのは、突然、肛門周辺が腫れて激しい痛みに襲われる「血栓性外痔核」や「カントン痔核」が起こったときです。

血栓性外痔核は、肛門周辺の血管にあずき大の血栓(血の塊)ができ、いぼのような硬いしこりになったものです。皮膚が破れて出血することもあります。

それまで痔の気のまったくなかった人でも、「便秘で強くいきむ」とか、「長時間おなじ姿勢を続ける」「冷える」などして、肛門に負担がかかったときに、突然、発症します。

痔核の急性期と言え、激痛のため、座ることも、歩くことも、ましてや排便することさえも困難になります。もちろん、患わった人は病院へ駆け込むことになりますが、手術が行われることはありません。

血の塊が原因なので、入浴やカイロなどでお尻をよく温め、座薬や軟膏などの外用薬や、内服薬で保存的な治療を行うと、数日で痛みや腫れは消え、血栓も1ヶ月ほどで自然に吸収されてしまいます。








下痢は、痔瘻の原因です。下痢の原因はさまざまですが、アルコールをとり過ぎると下痢を起こしやすくなります。また、タバコに含まれるニコチンは、便を柔らかくする作用があるので、下痢症の人が喫煙すると、下痢がひどくなることがあります。痔瘻が男性に多く見られるのは、男性に飲酒や喫煙の習慣がある人が多いことも原因の1つとして考えられます。

また、下痢は、痔核や裂肛とも関係しています。水溶性の激しい下痢だと、便が勢いよく出るため、考えている以上に肛門に負荷がかかり、肛門が切れてしまうこともあるのです。また、頻繁にトイレにいって排便することも、肛門がうっ血する原因になります。

このように、便通の異常があると、肛門に負荷をかけない自然な排便ができなくなり、痔が発生しやすくなります。便通異常は、食物繊維の不足や、ダイエットによる小食、また、暴飲暴食などの不規則な生活など、ライフスタイルの乱れから起こることが多いので、毎日の生活を見直し、自然な排便ができるよう、生活を改善していかなくてはなりません。

長時間立ちっぱなし、座りっぱなしなど、同じ姿勢を続けるのも、肛門がうっ血するので、痔の発症に関係します。
さらに「体の冷え」もお尻のうっ血につながるので、寒い冬だけではなく、夏場でもエアコンの効いた室内で仕事をする現代は痔に好ましくない環境だと言えます。

痔になるかならないかは、生まれつきの体質もある程度関係していると考えられますが、それよりも、毎日の生活習慣のほうが、はるかに大きく影響しています。つまり、痔の発生や悪化を防ぐ手立ては、食生活をはじめとする日常生活をいかに健全なものにするかという点にかかっているのです。








出血した場合、いきむと出血が多くなるので、できるだけお腹にチカラを入れないようにします。そして、トイレから出たら、入浴か座浴でお尻を清潔にし、軽くガーゼを当てて、しばらく横になるなど安静にします。お尻の位置を心臓より高くすると、出血が止まりやすくなります。応急処置をしたあとは、できるだけ早い段階で医療機関を受診するようにしましょう。







激痛が起こったら、まず安静が第一です。お尻にチカラが入らないよう、ひざを曲げて横向きに寝る姿勢をとると痛みがいくぶん和らぎます。血栓性外痔核は、患部のうっ血が原因なので、お尻を温めて血行を良くするのが、痛みを和らげる最善の方法なのです。
入浴や座浴が無理な場合は、熱くしたタオルやカイロをお尻に当てるだけでも効果があります。この場合には低温やけどに注意してください。







肛門に負荷をかけない理想的な便を1言で言い表すと、「有形軟便」です。もう少し詳しくいうと、いきまなくてもスルリと出すことができ、バナナくらいの大きさで、便器の中では水に浮いていて、拭いたときに紙にほとんど付かない便です。こうした便が1日に1回出るとよいのですが、気持ちよく排便できるのなら、2、3日に1回の排便でも問題ありません。








人間の身体は普通、朝食後に便意が起こるようになっています。夜の間眠っていた胃腸がものを食べることで目覚めて動き出すのです。これで、腸に溜まっていた内容物が一気に直腸に運ばれ、便意が起こります。これを「胃・結腸反射」といい、食後30分以内に起こるのが一般的です。
起きがけに冷たい水などをコップ1杯飲むのも、胃・結腸反射には効果的です。








運動は全身の血液循環を良くするので、お尻のうっ血を解消するほか、腸の運動がうながされて便秘の解消にもなります。また、運動はストレスの解消にもなるので、ストレスによる便秘や下痢にも効果的です。








いきむと誰でも肛門が外側に押し出される状態になります。そこで、排便後に押し出された肛門を引き上げるように、キュっと締める「肛門体操」をすると、肛門が元の位置に戻ります。同時に、肛門周辺を動かすことになるので、血流が良くなって、うっ血の解消にもなります。

方法は、立ったままでも座ったままでも構わないので、肛門を上に引き上げるように、2、3回肛門を締めたり緩めたりします。いつでもどこでもできるので、ぜひ習慣にしてください。1日に何回と決めるのではなく、いつでも思い立ったときに行うようにしましょう。












お尻をいたわる日常生活は、そのまま痔の予防策にもなります。痔を患わっている人はもちろんですが、今は「痔なんて関係ない」と気ままに生活を送っている人たちも、普段からもっとお尻の健康に気を配るべきでしょう。
また、「お尻をいたわる生活」は、「体全体をいたわる健康的な生活」にもつながります。今日から早速実行していただきたいと思います。


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医者が教える 人が死ぬときに後悔する34のリスト 川嶋朗



病気が悪化する前に、「もっと生活習慣を改善しておけばよかった」「あれほど人を憎んだり恨んだりしなければよかった」「夢に挑戦できなかった」と様々に悔いるのです。
治療の手始めとして、患者さんたちがどのように生きて来たのかをとことん伺い、患者さんご自身が、病気になった原因を見つけるお手伝いのために相談にのっています。

その中で、患者さんが口にする後悔こそ、病気になった原因である可能性が高いのです。


病気は自分で作っているというのが私の持論です。病気になってしまった人には必ず原因があります。
暴飲暴食、不規則な生活、運動不足、冷えのこと、人間関係のストレスなど、何か原因があるはずです。それらが原因となって大病を発症してしまったのです。

現在、病名がついている病気のほとんど、特に自分の身体の中で作ってしまう生活習慣病やガンは、その根本原因がわかっていません。
根本的な原因が解明されている病気はほとんどなく、検査をしてわかるのは病気の症状を引き起こしている直接原因くらいなのです。

原因がわからなければ、医者ができることは「薬や治療法を使って、その病気を一時的に抑え込む」ということだけです。医療技術は日進月歩で進化していますが、症状を抑える治療をしたり、薬を出したりすることだけなのです。

病気が悪化して死を覚悟した時、人は自分の後悔に気づき、真剣に生き方や考え方を変えようとするのです。


私は「自分の理想的な死とは何か」を考えることを、QOD(クオリティ・オブ・デス=死の質)の充実であると提案しています。QOL(クオリティ・オブ・ライフ=生活の質)を高く保ったまま死を迎えれば、非常に満足のいくQODになるのではないかと思っているからです。









病気が悪くなるか、よくなるかは、その人の考え方や態度次第です。病気に気持ちが負けて、よくなろうという意欲を失くしてしまえば快方に向かうことはありません。患者さん自身がよくなろうと思わなければ、よくはならないのです。





たいいの人が、死にたくない理由、まだ生きていたい理由すら真剣には考えていません。そのため、生活習慣病のリスクだらけの日々を送って、ある日突然、死を意識せざるを得ない状況に直面してしまうのです。

病気は、「こんな生活をしていたら、とても健康ではいられません」と体が発するSOSです。言葉を発せない体や心が「なんとかしてくれ!」と悲鳴を上げてあなたに訴えているのです。

それでも自分を正さず、体や心をいたわらない人には「ここまで悪くならなければ、気づいてくれないのか」と、体が最後通告を突き付け、死を意識するガンのような重い病気を発症して訴えるのです。









「なぜ生きたいのか」がハッキリとわかっていれば、気持ちが前向きになります。前向きな気持ちでいると、その気持ちによってホルモン環境も変わるので、体にいい影響が出てきます。生きたいと思えば、生きる方向に向かうのです。
どんな治療をするにしても、患者さんの意識が後ろ向きでいたら、効果は期待できません。そのためには、なぜ生きたいのかを考えることが大切なのです。






肉体と心は連動しています。病気の治療も、体だけを観ていれば根本的な解決になりません。心が病んでいれば、必ずまた肉体に問題が表れてきます。
これらの問題に対しては、残念ながら西洋医学では十分に対応できていません。統合医療のように、体と心、両方からのアプローチが必要なのです。
こんなことを言うので、私は医学界から異端児扱いされていますが、現代医療の問題は、医者が心と体を別物だと考えていることにあるのです。  

医者から「もう治りません」と言われても、決してあきらめることはありません。現代医療においては、医者も自分を守らなければいけないので、そう言っておかなければならないのです。仮に「助かります」と言ってしまうと、助からなかったときに抗議されてしまうからです。







たくさんの患者さんを診てきて思うことは、患者さんの心の持ち方で生存率に大きな差があるということです。
ガンになってからの生存率が高いのは、ガンと積極的に闘う人。次は、ガンであることを無視できる人。3番目は、医師の指示に従う人。もっとも悪いのが、絶望してしまう人です。







もしあなたが何かの病気にかかっているなら、自分の体や心が何を伝えようとしているのか考えてみてください。
もし、生活習慣を改善したり、ストレスを軽減したりしても病状に変化がない場合は、あなたの考え方、生き方そのものに問題があるのかもしれません。

自分のことを一番よく知っているのは、あなた自身です。自分自身で病気の原因を一生懸命に考え、それに気づくこと。病気を治すためにはそれが一番大切なのです。









精神科医のエリザベス・キューブラー=ロスが、自著『死ぬ瞬間』(中央文庫)で唱えた5段階の死の受容は、「否認」「怒り」「取引」「抑うつ」「受容」というプロセスです。
これから先は一生人口透析を続けていかなければならない。そういう絶望感から、死を告知された人と非常によく似た心理的プロセスに至るのです。死なないけれど、絶望する。そして、その後、受け入れるのです。
いよいよ人口透析という段階になってから「他に方法はないですか」と言う人がいますが、その段階ではもう他に手はありません。もっと早く来てくれていれば…と思うしかないのです。









人間は不思議なもので、自分は大病にはならないと思っています。ガンは確実に死を意識しますが、糖尿病の患者さんのほとんどが、まさか自分が合併症を起こして死に至るとは考えていません。そのため、生活習慣を改善する努力に身が入らないことが多いのです。

予防できたのに、やらなかったというのは後悔が残ります。「あの時にやっておけばよかった」と、なってしまってから悔やむことがないように、自覚を持って生活習慣を改めることが必要です。
「一生」をかけてジワジワと患者の体をむしばんていき、最終的に「死に至る病」へと導くのが糖尿病なのです。










健康のために体に負荷をかけることもしないで、楽な方へと逃げてしまうのが一番よくありません。「魔法の薬」や「奇跡の治療法」などというものはないのです。

それを自覚させるための方法が「死を意識する病気の発症」なのです。こうして、何かにつけ、「薬や誰かがなんとかしてくれるだろう」と思っている甘さを、痛烈に思い知らせるのです。

このままだと自分が死ぬと思えば、タバコもやめるし、食事も変えます。エスカレーターに乗らずに階段を登り降りするようになります。そして、考え方や生き方まで変えようとします。

体は頼みもしないのに勝手に動いてくれます。多くの人たちはそれを当たり前だと思い、体に感謝したり、体を思いやったりしたことがほとんどありません。それどころか、自分の体を痛めるようなことばかりします。

それでは自分の体に対して失礼です。体は死を迎えるまで頑張って働いてくれます。体をいたわるような生活をしてあげれば、体は喜んで反応してくれるはずです。体が反応しようと思わない限り、外からどんな治療を施しても効果は期待できません。








人の心の中の潜在意識が、人に与える影響を調べた実験があります。
死刑囚に軽い拷問で痛い思いをさせた後、目隠しをし、300度に熱したスプーンをその死刑囚の腕に近づけていき、当てます。当然、死刑囚は悶絶し、気絶してしまいます。
でも、実は、肌に触れたのは熱していない別のスプーンだったのです。しかし、死刑囚の腕を見ると、くっきりとやけどが出ていたというのです。

この実験でわかることは、人間の意識は、冷たいスプーンを当てられているのに、本物のやけどまで作ってしまう力を持っているということです。

それくらい人の心にはわからないことが多いのです。
自分の意識の中では病気の原因に心当たりがなくても、潜在意識の中には原因があるかもしれません。人の心の奥底にあるものをあなどってはいけないと私は思います。











病院を訪れる患者さんの希望は何かというと、「早く治りたい」「完全に確実に治りたい」「痛くない」「治療費が安い」の4つに集約されると思います。
医者の側から言えば、「安全性」「有効性」などもあるかもしれませんが、それらも究極的にはこの4つの中に含まれてしまうでしょう。患者さんにとっては、この4つが揃っていれば、おそらく、それ以外の望みはないと思います。








…たとえ完治しなくても、医者にかからずにすむようになるとか、病気と仲良く付き合えるようになるとか、患者さんが苦しまずに病気と共存していく方法はあると考えています。病気が完全になくならなくても、自分が幸せに日々を過ごしていけるなら、それは病気が治ったことになるのではないでしょうか。







リハビリをしなかったことを後悔して亡くなっていく方は少なくありません。
日本人はどうしてこんなに依存心が強くなってしまったのでしょうか。誰かが何かをしてくれる、そういう考え方を正さないと、病気は治るはずがありません。
自分の間違っている生活を正すのが、まず始めなければならない第一歩と言えます。何もしなければ年を重ねるごとに足腰が弱くなります。行動範囲が狭くなり、体力もなくなって次第に外出も億劫になる。
これを繰り返しているうちに、筋力もどんどん弱くなって、いつしか足腰が立たなくなってしまうのです。
これではいけません。年なんだから仕方ないとあきらめずに、1日一度は散歩にでかけるとか、決まった時間に体操をするなど、これだけは必ずやろうという目的や自覚を持って生活してほしいものです。
働き盛りの世代に「何が一番大切てすか」と聞けば「仕事」と答えるひともたくさんいるでしょう。けれども、病気になると、これまで生きがいにしていた仕事もできなくなってしまいます。
そう考えると、いきいきと仕事をするためにも、健康がより大切なものであることがわかるはずです。ましてや、自分が死んでしまうと考えたら、ご自身の生活環境で、見直すべきことはたくさんあるはずです。











体の医者が「精神科に行きなさい」と言うその裏には、自分たちに心の病気はわからないという気持ちがあるからです。精神科にしても内科にしても、西洋医学では、完全に心と体を二元論で考えています。「ストレスがあったら精神科へ行って薬を出してもらってください。潰瘍があれば、内科や外科の体の医者が治します」そういうスタンスしかないのです。
心が病気をつくるということは、医師である私たちみんながわかっていることです。しかし、西洋医学では、ストレスが原因で体の部位に潰瘍ができたとか、具体的な状態になってはじめて処置する手立てがあるのであって、心自体の病に対する方法は、体の医者は残念ながら持ち合わせていないのです。

…しかし、死を目の前にした人はうろたえ、怯え、たいていの人が精神を病んでいます。だから医療の現場では、心と体、そして、患者さんを取り巻く環境も統合的に診ていく医学が必要とされているのです。












自分の健康は自分で守るのが基本です。必要もないのに病院にかかるのは間違いです。「病気の原因は自分自身にある」と認識して、生活習慣などの間違いに気づき、主体的に改善してください。そうでないと、消費税を上げていくらまかなおうとしても、増え続ける社会保障費を負担できず日本はいずれ破綻してしまいます。












現代の医療は、総じて裁判沙汰にならないための医療だと言われています。つまり、仮に誤診によって万が一のことがあった場合に、医者が患者に訴えられても訴訟に負けないように、ということが頭の片隅にある医療(エクスキューズ医療)なのです。
先程の風邪に抗生物質を出すケースに照らし合わせれば、風邪で死ぬ人はまずいません。だから風邪に抗生物質を出して全然治らなくても、風邪で死ぬことはまずないから、訴えられることもありません。

なぜ医者が、普通の風邪に抗生物質を処方するのでしょうか。それは風邪の症状と見られるものが、細菌性のものを否定する力がないからです。
風邪だと診断できれば、抗生物質は無効です。むしろ腸内の善玉菌がダメージを受けて全身の免疫力が落ちて、治りにくくすらなってしまいますが、まず死ぬことはありませんから訴えられることもありません。しかしながら、もしも細菌性肺炎に抗生物質を投与しないで不幸な結果になってしまった場合、医者の責任が問われます。
抗生物質を投与ておけば、万が一の時も安全だという思い込みが、医者にあるからなのです。万が一、自分の「風邪」という診断が間違っていた場合、患者さんから訴えられない保障はありません。だから自分に対しての保険をかける。実は肺炎だったという万が一の誤診に備えて「抗生物質も出しておきましょう」となるわけです。
そんなことも積み重なって、今日本は、世界の抗生物質の7割を消費している国になってしまいました。






















「生きていてもいいことなんて何もないです。苦しいだけです。つらい、本当につらい。このまま死んだほうがどれだけ楽か」
こう口にする、寝たきりになった患者さんは決して少なくありません。本人が望んでいないのに、生きてしまう。寝たきりになってまわりに負担をかけてしまうようになる前に死ぬというのは、なかなか難しいことなのです。

延命治療によって「死ねない」患者さんの家族から、しばしば「先生、いつごろ死ぬんですか」と聞かれます。それでも、もう死なせてあげたほうがいいのではないかというような状況の中で死の淵をさまよっている本人を、医療は延命します。

QOLを保ちながらの長生きでなければ、本人はもちろん、周囲の人をつらい目に遭わせてしまうことを認識しておくべきではないでしょうか。












問題は本人の意思があるか、ないかです。エンディングノートなどにに、明確に「胃ろうは拒否」、「心臓マッサージは拒否」と意思表示していれば、こんなに家族を苦しめることはありませんでした。

延命治療をしたあとの生活の質を考えて、ご本人が意思決定することが重要です。もちろん、独りよがりではなく、家族としっかり話し合うことが大切です。




私が問題にしたい高齢者に対する延命治療とは、「命をまっとうしようとしている人に対して回復の見込みがないのに行う延命措置」のことです。
本人の意思がわからない場合、家族が「延命措置をしない」という判断を下すのはとても難しいことです。
せっかく長生きしたけれども、人生の締めくくりである最晩年に、寝たきりで延命維持装置をつけて暮らすというような不本意な状態で生きるとしたら、それは幸せとはとてもいえません。






延命治療を拒否するのであれば、その意思を家族に伝えておかなければなりません。私は、いざという時に家族を始め周囲の人が慌てないように、またトラブルにならないように「エンディングシート(医療処置意思確認表)」を作成することをおすすめしています。
延命治療や死後の措置について、どのようにしてほしいのかを示しておくのです。延命措置とは「病状の回復の見込みがなく、死期が迫っている終末期の患者さんに対しての生命維持を目的とした医療行為」です。











人間は、いずれ死んでいきます。
自分の理想の死について考え、準備をすることで人生における生活の質や心の充実度が高まり、人生はより豊かになると考えるからです。
死はすべての人に平等にやってきます。しかし、自分の理想の死について普段から考えることで、それは別段怖いものでも、逃げたいものでもなくなります。後悔なく、満足のいくその日を迎えるために、私は自分の理想の死について考えることを提案したいと思っていきます。

死ぬ瞬間までいきいきと自分の理想的な生き方をまっとうし、残された家族に対する後悔もなく、希望どおりの最期を迎える。これが「理想的な死」だと思います。

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