2015年08月

photo by @randyolson | words by @neilshea13 — Late in the afternoons they’d take us up near the border, where the water was freshest and the reeds formed a great green labyrinth. There were always two or three long-limbed boys, teasing and arguing in the stern of a rough old boat. The boldest of them steered, giving orders, and the others cheerfully ignored him. When I asked his name he told me to call him after an African footballer whose haircut he’d also borrowed, a wide mohawk bleached by dye and sun to the orange of a mushed pumpkin. He ferried us through the long emerald lanes as we searched for fishermen and watched for pirates who hunted there. We never saw the pirates, with their AKs and machetes, though you’d find the fishermen poling the maze in dugout canoes and singing like Venetians, or chest-deep checking nets, or lounging at the floating camps they often hacked from the reed-beds. I liked those men, liked their delta world that wasn’t land, or water, or sky but something made of each—quivering and thick with frogs and snakes, dragonflies and cumulus-colored egrets. Usually there’d be a fire. Over it would roast silver fish and moss-backed turtles, their freshly-snapped necks lying limp against the shells. Approaching a camp, the boys would laugh and shout a greeting, then hurl themselves overboard. Down below, they’d feel along the nets, eyes closed, fingers crawling, and surface a minute later clutching a fish. Each gleaming prize was carried over to the camp and handed up to the cook. Even the oldest fishermen never scolded for such taking. They knew what it meant to be a boy born on water, ever moving, always hungry, keeping cold at bay by the mouthful. These Instagram pieces are part of our ongoing project, #NGwatershedstories, and they’re linked to our feature article on Kenya’s Lake Turkana in the August issue of @natgeo magazine. Join us @randyolson and @neilshea13 as we follow water down the desert. #2014 #africa #kenya #laketurkana #jadesea #daasanach #boys #fishing #fish #survival #life #documentary #everydayafrica #everydayeverywhere @thephotosociety @geneticislands

National Geographicさん(@natgeo)が投稿した写真 -


CHAGE and ASKA - On Your Mark Music Video... 投稿者 Progamer2014z 『On Your Mark』(オン・ユア・マーク)とはCHAGE and ASKAが発表した楽曲「On Your Mark」のプロモーション・フィルムとして作成された、スタジオジブリ制作のアニメーション作品である。1995年7月15日、映画『耳をすませば』と同時上映で公開された。 地表が放射能で汚染され、病気が蔓延し、人類が地下に住むようになった世紀末後の未来[2]の都市が舞台。 あるカルト教団の施設「聖NOVA'S CHURCH」を襲撃、制圧した武装警官隊。その中の警官2人は、教団施設の奥で翼の生えた少女[3]を発見する。2人は彼女を救助するも、研究資料として今度は政府機関の施設に連れ去られてしまった。2人は彼女を空へ帰そうと奮闘を始める[4]。

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困難な状況に置かれてはじめて、人は生きていく「意味」について考えるようになるものである。そして、自らの人生を振り返るとき、自分の内面の空虚さに気が付き愕然とするかもしれない。

時として、どうやっても乗り越えられない障害や、やり直しのきかない失敗は起こる。それらは、本人に責任のない不運であることも多い。

病気も、人の人生をガラリと変えてしまうだろう。長く続く病魔との戦いは、大変な消耗戦である。どうして自分だけが不運におそわれるのかと嘆いてみても、解決策は見つかりはしない。
たとえ外側からは順調に見える人生を送っていたとしても、こうしたつまずきをきっかけとして、生きる意味を失ってしまったと感じるだけでなく、生きる気力を失い死を願うことは、誰にでも起こりうる。

むろん、生きていれば辛いこと、苦しいこともあるのは当たり前で、生きることが苦しいなどというのは単なる甘えに過ぎない、本人の気持ちが弱いだけだ、もっと精神的に自立すべきだという意見もあるだろう。自分の人生は自分で切り開き、乗り越えなければならないのに、個人的な悩みに関して病院に相談に行くこと自体おかしいと思う人も少なくないかもしれない。
確かにその通りなのであろう。

こうした主張はどこか納得いかない点がある。自分勝手な理屈を述べているだけで真っ当とは言えない部分があるように思える。そのことに、彼ら自身も気が付いているようだ。

しばらく前まではどちらかというと私自身もそう考えていたし、先輩の医師たちからも、病院は「病気」を治療する場所であり、人生の問題について話し合う場所ではないと教えられてきた。しかし、ここ数年、このような医師たちの態度は、必ずしも正しいものではないのかもしれないと思うようになった。

しかし、救急外来を受診する自殺未遂者の多くは、必ずしも確実な方法で自殺を試みてはいないことがわかる。睡眠薬などを大量に服用した後、自ら119番に電話をして、救急車を要請することもある。彼らの自殺への意志が真剣なものであるのか、判断することは難しい。
彼らの苦しみは見せかけというわけではない。彼らは自殺したいくらい苦しいと同時に、本当は生きていたいのである。そして、自分の苦しみを理解して欲しいのだ。

苦しさの原因の多くは、身近な問題であるだけに簡単に逃れられない。しかし、長い時間をかけて取り組めば、解決できるものもある。

しかし、おそらく歴史的にみても、現代の日本は、救いや生きがいを見出すことが困難な社会となっている。それは旧来の社会体制や価値観がほころび露呈してきたことが原因の1つであるが、無意味な伝統や理念に振り回されるくらいなら、いっそすべてが空虚になったほうがいいという考えもあるだろう。

もちろん、そういう「空虚さ」や「無意味さ」に耐えられるのは、ごく一部の強い人間だけである。社会全体に活気があるときならば、それでよいのかもしれない。「生きる苦しみ」を感じる出来事があったとしても、別の道を選ぶことが出来るからである。
ただ、社会が沈滞し閉塞感が強くなっている現在、苦しむ人はますます出口を見いだせず迷走してしまう。

実際彼女は、精神状態が悪化してからも友人とコンサートや遊園地に出かけたりしていた。アキコさんはそうした活動について楽しかったと述べていたが、今にして思えば、元気なふりを装いながらかなりの無理をしていたように思える。

冷静に見える笑顔の下で、アキコさんはもがき苦しんでいたのかもしれない。しかしまた周囲に心配をかけてはいけないと思い、常に何事に対しても取り繕おうとしていたのであろう。そのことを家族も、医者も見抜けなかった。

「本当は、今は仕事もうまくいっているし、充実しているはずなのです。でも、楽しいとは感じません。自分が生きている意味が分からないのです。どうして、生きていかないといけないのかわからない」
「今まで楽しいと思っていたことが、楽しいとは思えなくなりました。自殺未遂をして死にかけたので、これまで頑張ってしてきたことの意味がすべてなくなったように思えます。ともかく、心が苦しいので、早く楽になりたいのです」
このときも再び入院を勧めたが、アキコさんはそれを拒否し、やはり母親の同意も得られなかった。
「自分でしっかりと自活出来るというところを、家族のみんなに見せたいのです。甘えていると言われたくないし、もう25になるので、母を安心させたいのです」
彼女はそう言うと、しっかり仕事に行くつもりだし、自殺するつもりもないから、心配しないで下さいと述べたのだった。
アキコさんが亡くなったのは、その六日後のことだった。深夜零時過ぎ、自宅のドアノブで首を吊っているところを母親が発見した。すぐに救急車が呼ばれ、救急病院に搬送されたが、そこでは彼女の死亡の確認がされただけだった。




日本の社会においては、他国ではほとんど見られない社会的な病理現象が多発している。自殺に関連する問題はそのひとつであり、他に「日本型の病理現象」として、引きこもりやニートの増加、学校における不登校、不適応やイジメなどの問題があげられる。
こうした病理現象を生み出す要因として、明文化されているものではなく、インフォーマルなものであるが、「社会的なルール」や「雰囲気」が持つ影響力は大きい。例えば、自殺が多発しているという事象の背景には、自殺することを暗黙のうちに許容している「世の中」の合意が存在しているのである。
日本には、特有の統制的な社会的心性が根強く存在している。日本人は集団から逸脱した意見を持つ者を好まない。群れから離れた存在を無視し、時には敵対視する。さらに集団で徹底的に痛めつけ、精神的に追い詰めることにも容赦がない。このような心理的な閉鎖性が、多くの病理的な現象と関連していると思われる。
行政機関は、社会的的な問題に対して何らかの対策をたてる「ふり」を、国会答弁ができる程度、アリバイ的には行う。しかし、実効性のある政策を行うことはほとんど見られない。

しかし、こういった現在今まさに起きている社会問題について、アカデミックなシステムは不十分かまったく機能していない。基礎的なリサーチもわずかである。医学的な研究も多いとはいえないが、社会学者さえほとんど関心を示さない。そもそも彼らは現実に何が起こっているのかをほとんど知らない。多くの「学者」は、リアルな現実に鈍感である。こうした問題に真剣に関わろうとする気はないし、安全地帯にいる彼らの言葉は空疎なことが多い。

『若者たちのなかに「確固たる自信のなさ」とでも言うべき気分が蔓延しつつあるのは確かなように思われる。この気分は、きわめてとらえどころがない。学歴や職歴、友人関係や恋人関係、経済条件といった、目に見える格差に必ずしも左右されふるとは限らない形で、それは広がりつつある。雇用条件の悪化による「若者の弱体化」がこれに拍車をかける。(「負けた」教の信者たち 斎藤環』)

学校教育に例をとると、十分な知識を見につけ、それによって収入がよく社会的地位が高い職業につくという目的があるうちは、苦労して勉強をする意味も理解しやすい。学業の遅れを叱責することも、リーズナブルである。
しかし、かなりの努力をしても、非正規雇用やコンビニのアルバイト店員にしか成れないとわかったら、学生を学校に引き止めることは困難になる。経済的な成功に替わる価値観を示せる教師も親も存在していない。
あるとき、人はこういった現実に不意に気がつく。それは何かの障害に直面している場合が多い。こんなに苦労をしてまで、自分が困難を乗り越えようとしているのはどうしてなのか。
そう感じたとき、これまで思っていた「生きる意味」が彼らの中からすべり落ちるようにして消えてしまう。


自分自身が生きる意味を見失った生は暴走する。その反転として、他人の人生を支配することを「生きがい」に感じるかもしれない。



このごろは著名人が問題発言をしたり、些細なことでも法に抵触する行為をたりすると、一般国民もマスコミも我を忘れて非難合戦を始める。
実際には、バッシングをする人々はダブル・スタンダードでものを見ている。彼らは他人の些細な 瑕疵を批判するが、自らも類似した行為をしている事実をまず認識すべきだろう。

(か‐し【×瑕×疵】

1 きず。欠点。また、過失。
2 法律上、なんらかの欠点や欠陥のあること。)

今や、バッシングの被害は一般の人々にも及んでいる。ネット上のブログの「炎上」はその一例であるし、学校におけるイジメの背景にも同様の心性が存在している。
その背後には、他人を踏みにじることにしか喜びを見出すことのできない、不幸で孤独であると同時に、無慈悲で残酷な日本人の精神が垣間見える。


家族そのものが原因となって重大な病気が発症するということはない。育て方がまずかったから、精神的な病気になるということはないのである。したがって、このような意味で、家族を非難することは不当である。しかしながら、ある個人にとって家族関係が重大なストレスや生涯の課題となっている場合は数多い。




ハンセン病の患者に対する実践的な医療を通じて「生きがい」の意味を追い求めた神谷美恵子氏の著書をひもといてみたい。

「生きがいについて」(みすず書房)
神谷氏によれば、「生きがい」とは次のようになる。

『もし心の中にすべてを圧倒するような、強い、いきいきとしたよろこびが「腹の底から」、すなわち存在の根底から湧き上がったとしたら、これこそ生きがい感の最もそぼくな形のものと考えてよかろう。このよろこびは時には思いがけない場合にほとばしり出て、本人を驚かせることがある。自分の求める生きがいは何かということが、これによって初めて本人にはっきりすることもある。』

生きがいの対象は、「刹那ともいうべききわめて短い時間に、この世に生きているよろこびを感じ」させるものであることもあれば、「そこにどっしりと横たわっていて、尽きざるよろこびが湧いてくるというようなもの」のこともある。前者は何らかの「成功」や「勝利」を表し、後者は家族や職場などの共同体的なものを示す。
しかしながら、一瞬の感情的な力たけでは、「生きがい」としては不十分である。あるひとつの事柄が生きがいとして見なされるようになるには、単なる喜びに加えてそこに何らかの意味付けが必要になる。

神谷氏によれば、この存在の根底に関わる「生きがい」については、次のような側面が
あるという。

長い一生の間には、ふと立ち止まって自分の生きがいは何であろうか、と考えてみたり、自分の存在意義について思い悩んだりすることが出てくる。

① 自分の存在は何かのため、または誰かのために必要であるか。
② 自分固有の生きて行く目標は何か。あるとすれば、それに忠実に生きているか。
③ 以上あるいはその他からして自分は生きている資格があるか。
④ 一般に人生というものは生きるに値するものであるか。

生きがいとは、あくまでも精神的なものであると神谷氏は述べる。モリエールの『成り上がり』のセリフが示されているが、「ひとは食べるために生きているのではなく、生きるために食べている」ということは、その通りであろう。
さらに生きがいは、単なる社会的な欲求を上回るものである。生きがいを求めて、社会的な安定を破ろうとする人がいることを神谷氏は指摘している。

病の先にあるのが死である。死に対して神谷氏は次のように述べている。

『自己の生命に対する防衛的配慮が一切必要でなくなったときこそ人は最も自由になる。もはやあらゆる虚飾は不要となり、現世で生きていくための功利的な配慮も要らなくなる。自分の本当にしたいこと、本当にしなければならないと思うことだけすればいい。その時にこそ人は何の気がねもなく、その「生きた挙動」へ向かう。』



病気やそれによる死は、ありふれたものである。日本国内だけでも、年間にすれば百万人以上の人が亡くなっている。しかし、われわれは病気や死が目の前に見える形で現れない限り、その存在をはっきりと認識しようとしない。
いくら重い病気を持っていたとしても、人は自分の人生を完全な諦念とともにみつめることなどできるものではない。


『たくさんの人が死に、たくさんの人が傷つき、たくさんの人が憤り、たくさんの人が悲しんでいる。今日も、昨日も、おとついも、さきおとついも…そしてきっと、明日もあさっても。
最初の日に所長が言っていたとおり、新聞は、日替わりの不幸の詰め合わせだった。新聞配達は、夜の闇の名残に紛れて、それをひとびとにどどける仕事だった。

そんな連中に、お前は今日の悲劇を届ける。たとえば、小学生の女の子が塾の帰りに行方不明になった事件。たとえば、宅配便の配達を装った男に妻が暴行され、殺された事件。たとえば、帰宅途中のサラリーマンが少年グループに有り金を奪われたうえに金属バットで殴られた事件。』

「疾走」重松清






通り魔などの無差別殺傷事件が起きると、精神疾患との問題になることがしばしばある。実際のケースは様々で、犯人が明らかに統合失調症などの精神疾患の場合もあれば、病気とはいえないまでも何らかの障害を抱えていることもある。
しかし、伝えられる秋葉原の事件の犯人、加藤智大容疑者の言動や生い立ちからは、精神疾患の兆候はうかがえない。

「生きる苦しみ」を訴え、社会生活に適応できず精神科に通院し、うつ病やうつ状態と診断される二十代から三十代の若者が増加しているという日本の現状がある。彼らが抱えている「目標がはっきりしない」「自分の立っている位置がはっきりしない」「5年、10年後の展望がない」などという悩みは、加藤容疑者の訴えと共通している部分も少なくない。次に示すのは、犯行の数日前の加藤容疑者による携帯のBBSへの書き込みの一部である。

「イライラする。まだ何かに期待している自分にイライラする。」
「人を救うのは人。救ってくれる人を得るには金がいる。」
「ネットですら無視されるし」

人は耐えられないほどの絶望にからめ捕られたとき、まず自らを破壊しようと試みることが多いが、その衝動を外部に向けることもある。

加藤容疑者には、心の拠り所とする場所はなかったし、生きがいも持っていなかった。望みはと言えば、ネットを通じて多くの人とつながることだった。現実の世界で得られなかった「仲間」をネットの中で見つけることができると彼は信じていた。しかし、ネットは彼に冷酷だった。ネットの世界も、実世界と同様に彼を切り捨て無視した。彼が少しでも評価されたのは、犯行の後だった。

彼ははっきりと「敵」を見据えてはいなかった。彼が理解していた「敵」とは、ドラマやゲームの話をしながら何不自由なく繁華街を歩く大学生であり、チャラチャラしたなりでたむろする女子高生であり、また自分の「気持ち」を少しも理解しようとしないネットの住人たちだった。
加藤容疑者の持つ虚無が無差別な殺戮(さつりく)に向かったことについては、許容すべきではない。
共感すべきものがあると感じるのは、大きな誤解である。
さらに厳しさを増す非正規雇用を使い捨てる劣悪な労働環境は、救いのない状況であることは確かである。しかし、この事件は、特異な人物が起こした特殊なものであり、一般化できるものではない。
一方で、加藤容疑者は自らの孤独を悩み、他人とのつながりを求めていた。それが彼の「生きる苦しみ」であったことは理解しておくべきであろう。彼の苦しみを受け止めることのできる人物がいたら、この事件はなかったかもしれない。











精神疾患の患者はしばしば突発的な旅をする。心理的に切羽詰まった状況に追い詰められた状態においては、場所を移動すればすべてをリセットできるように感じるものらしい。とはいっても、実際に旅することで本人の問題が解決するわけでもなく、かえって病状を悪化させるだけに終わることも多い。










医療に批判的な人から見れば、医者は必要もないのに投薬を続けて病気を作っているということになるかもしれない。本書のテーマに即して言えば、純子さんは自分の人生の困難さに直面しようとせずに、病気に逃げ込んでいるのだという見方もできるかも知れない。甘えているだけだと一喝されることもあるだろう。
そうはいっても、本来なら個人的な問題であったとしても、彼らを医療の対象ではないと切り捨てることなく、力を尽くすことは重要だと思う。というのは現在の日本において、苦しみを抱える個人が自分の問題を隠し事なく語ることができるシステムとして、コスト面においても内容面においても、病院よりも「ましな」ものは存在しないからである。

仕事や恋愛の悩みなどの個人的な問題について、病院は十分な解決能力を持っていない。しかし少なくとも、何が問題であるか明らかにし、客観的にアドバイスすることは可能である。









評論家の福田和也氏は、戦後の日本は勉強のできる人、平和を愛する人を国家をあげて育てようとしてきたが、人格を陶冶(とうや)し、心魂を鍛えることを怠ってきたため、人間として器量の大きな人が見られなくなったと指摘した。

『能力があるか、ないか。
感じがよいか、嫌か。
いい人か、悪い奴か。
その程度の事で、もてはやされたり、おとしめられたりする。
人物観の平板(へいばん)さが殺すのは、人材だけではない。
昨日までの人気者が、あっという間に踏みにじられる。
女性問題ではたしかに失敗したが、それでも経営者としてはたいしたものだ、とか。
金には汚いが面倒見はよいとか、そういった勘定ができない。
人というのは、複雑で多面的な存在で、そうそう簡単に切り捨てられるものではない、という当たり前のことが、今の世間から完全に抜け落ちているのです。』
「人間の器量」福田和也







日本は最近になって、以前にも増して、バッシング好きになったようだ。本文でも述べたように、バッシングする人々はダブル・スタンダードでものを見ているのは明らかである。
しかし、このような風潮は、簡単には変化しないかもしれない。日々の生きがいを持てない人々にとっては、他人へのバッシングが生きがいそのものとなっているからである。








つまり日本人には、辛い状況にある人が目の前にいても、その人が自分の集団の「外部」の存在と認知されると、救いの手を差し伸べようとしない傾向があると言うのである。そういう観点から見直すと、自殺の既遂者や引きこもりをする人たちは、既成の社会的集団から阻害され、ドロップアウトしている人たちである。

神谷美恵子氏は、「生きがい」を得るためには、「自分の生存は何かのためなのか」「自分の生きていく目標は何か」と絶えず問いかけることが必要であると指摘したが、これは現在でもそのまま当てはまる言葉であろう。
ところが一方で、「ただ無難に生きる」ことだけでも、簡単ではなくなっているのが現代なのかもしれない。しかし、どんな苦境からでも、人は回復する力を持っているものである。過去のつらい出来事を反芻(はんすう)することは、悪い状態を固定化してしまうことにつながりかねない。むしろ、新たな夢や希望を持つことが、回復への道のりに近づくように思われる。

http://karapaia.livedoor.biz/archives/52169108.html

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 日々飛び込んでくる、災害、事件、事故などの目をそむけたくなるような現実を伝えるニュースは心に重くのしかかる。米テレビ局、NBCで番組制作をしていたネイサン W. パイル氏は、常に悲惨な現実に直面していかなければならなかったという。

 そのうちパイル氏は、そういった悲しいニュースに目をするとき、陥りがちな3つの間違いに気が付いたそうだ。


 

1. いつまでも読み続け、深追いしてしまう

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 悲惨な話の大筋をつかんだ後でも、ノートパソコンの画面を閉じたり、TVを消すことができない。続編や、そのニュースにまつわる意見記事を読み続けてしまう。例えば、 " いったい誰の責任なのか?” もしくは、" なぜこんなことが起こったのか?" 深追いをせずにはいられなくなる。

 すでに才能溢れる人々がこれらの疑問に取り組んでいると思いながらも、まだそのニュースを読み尽くさなければ気が済まない。無意識に、"どんなにささいなものだっていい。情報収集に向けられる私の絶え間ない努力は何かの役に立つ。"と、思ってしまう。


2. 身近にある現実は見て見ぬふり

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 朝、自宅近くでやっている"食料の配給"を求め、飢えに苦しむ人々が作る長い行列を何気なく通り抜けながら、携帯で悲惨な話題のニュースに没頭する。自分の周囲にある苦しみのことをすっかり忘れてしまい、遠くの悲惨なニュースにばかり気を取られているのだ。

 遠隔地の出来事として悲惨な事件や悲しい話題を考えるとき、自分が直接影響を及ぼすことができる世界、つまり実際の生活圏にある現実を拒否してしまう。


3. 何もできない自分に打ちのめされる

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 助けたくてもその方法がわからない。泣きたいけれどそれもなんだか違う気がする。自分が知りたいのは "全てがうまく行く" ことだが、単純にそうはならない。そのうち心の中は恐怖と幻滅の渦巻きになり、自分がどうしていいか分からないことに怒りさえ覚える。


悲惨なニュースとの向き合い方: 
立ち止まった後、そこから潔く立ち去ること

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 パイル氏は上記3つの過ちに気が付いたのち、その解決方法を見出した。それは単純なものだった。ちょっとだけ立ち止まって考え、あとは立ち去ることだ。延々と深追いしていったら、それに飲み込まれていってしまう。

 でも泣くことは許される。悲しみや苦しみはリアルだし、我々の周りのいたるところにある。世の中は一年中、365日悲しい出来事であふれているけれど、同時に希望に満ちあふれている。

 聖書の一節に、「悪に屈するな。善で悪を克服せよ。」という言葉がある。(ローマ書12:21)

 悲惨なニュースを目の当たりにした時、ある時点でテレビを消し、パソコンを閉じ、スマホを見るのをやめよう。手の届かない場所で起きた出来事に介入することは不可能だ。当事者でなければわからないこともある。誰かを責め、暴言を吐いたところで解決する問題ではない。

 遠くのニュースでも関われる場合もある。災害関係や救済関係など、ボランティア募集や、寄付金の窓口が開いている場合がある。何の意味もなさない無駄な議論に熱くなっている暇があるなら、即行動に移すことだ。

 でも介入不可能な悲惨なニュースはたくさんある。そんなとき、自分のまわりの小さな世界を手助けする人間であることを心がけることだ。自分が住む地域の中で、自分にできる範囲のことをする援助者になることは誰にでもできるはずだ。その援助を待っている人がきっといる。それに気が付くことができれば、悲惨なニュースから最大限の教訓を得られたことになるし、やるせない脱力感、無力感から脱することができるはずだ。

via:buzzfeed・原文翻訳:R


認知症ケア / ユマニチュード 投稿者 JKzappa



 ユマニチュードの4つの柱

① 「見つめる」

ユマニチュードの技法の内、最も基本的な要素は4つあります。
それは、「見つめる」「話しかける」「触れる」そして「寝たきりにしない」の4つの柱です。

一口に「見つめる」といっても、様々な「見つめる」があり、それぞれ認知機能の低下している相手に与えるメッセージが異なるのだといいます。

上から下へ見下ろすと、相手は「自分が見下されている」あるいは、「支配されている」ような気持ちを感じます。
なるべく同じ高さから水平に見つめることで、自分は対等に接していると伝えます。
これは「信頼」を伝えるメッセージになります。

目を合わせる時間が短いと、相手は「自信のなさ」や「恐れ」を感じる場合があります。チラッと見るだけではなく、相手が自分を認識できるくらいの一定の時間、見つめることが必要です。

長い時間、アイコンタクトをし続けなければならない訳ではありませんが、少なくとも0.4秒は必要だといいます。

しかし、どんなに否定的なメッセージを与えるよりも最悪の状態が、「相手を見ない」ということです。
相手を見ないということは、相手に「あなたは存在していない」と伝える強烈なメッセージで、これは『人間らしい』対応とは対極にあるものです。

認知症の人が何かのきっかけで大声を上げたり、攻撃的な言動を示すと、私たちは無意識のうちに視線をそらしてしまいがちです。
攻撃的でケアが困難な人に対して「私はあなたの敵ではない」と笑顔で見つめることは、自然に出来ることではなく、学ばなければ実行することができないケアの技術です。

② 「話しかける」

大きな声や攻撃的な声のトーン(調子)、そして、否定的だったり、後ろ向きな内容はなるべく避け、優しく、穏やかに、できるだけ前向きな話しをするよう心がけます。

いかに優しく、穏やかにといっても、前向きな言葉を話し続けるのは、なかなかどうして簡単なことではありません。

そこで、考え出されたのが「オートフィードバック」というユマニチュードのコミュニケーション技術です。

基本は体を拭くなど何かケアをする必要があるときに、その行為そのものを言葉にするのです。
実況中継のように状況を説明していくのです。

ある看護師さんは、「人間というほは不思議な生き物で、実際に前向きな言葉を口に出してケアを行うと、それがウソにならないように、どう工夫したら相手が気持ちよく感じるかを考えるようになった」と話していました。

このケアの実況中継は、もう一つ別の役割も果たしています。
認知症が進むと少し前に起きた出来事の記憶ができないため、短い場合は5秒前に自分が何をやっていたか分からなくなるそうです。
自分が見慣れない場所(病院や介護施設)で、見知らぬ人に裸にされ、体を触られていることに突然、気がつけば、誰でも身を守ろうとして、大声を出したり、ケアを拒否するということが起こり得ます。
それが、たとえ、顔は分からなくても、優しい声で話しかけてくれる笑顔の相手が、自分を心地よくする手助けをしているのだと説明してくれていたら、安心して身をゆだねることができるようになるのです。

③ 「触れる」

触れることも、見つめることや話しかけることと同様、そのやり方次第で、相手にまったく異なるメッセージを伝えることになります。

触れる面は広く、優しく、ゆっくりと。

手に触れる時には、手を上にして両手を差し出し、相手が自分から手を乗せてくるのを待つというのも、ユマニチュードを学んだ優れたインストラクターである看護師さんたちが、現場で行う技術の1つでした。

認知機能の低下している人に対し「つかむ」という行為が伝えるメッセージは、「連行」や「罰」を思い起こさせる極めて否定的なものになりかねません。

「つかむ」のではなく、相手の動こうとする意思を生かして、下から支えるのです。

④ 「寝たきりにしない」

これには、言葉通りの「立たせる」という意味と、その人が本来持っている能力をケアによって奪わないという両面があると理解しています。

「立つ」ことは、体の健康を維持・改善する上で、極めて重要な役割を果たします。

体の重さがかかり、骨が圧迫されると、自らを強くしようという仕組みが働きだすのです。

また、骨に負荷がかかることで、カルシウムが定着し、骨を強くし、骨粗鬆症を防ぐ働きがあります。
立つだけでも骨は鍛えられるし、歩くことでますます効果は高まります。さらに、骨を支える筋肉の力が増したり、反射神経が強化され、転倒や骨折の防止に繋がるなどの効果があるのです。

ユマニチュードのケアは、どんな時でも、力ずくではない技術を用いることを原則としています。

私は腰痛持ちですが、ジネストさんに指導され、彼を一人で立たせた時、腰への負担はまったくと言っていいほど感じませんでした。
ジネストさんは、ユマニチュードの技術を「移動に際して10歳の子供以上の力を使うことなく、体のある部分を動かす際には5歳の子供以上の力は使わない」といいますが、それほど大げさな表現だとは思えないのです。









高齢者の場合、入院により、環境が大きく変わることで、それまで何の支障もなく暮らしていた人でも、認知機能が急激に低下することがあります。もともと認知症を発症していた場合、症状が一気に進行してしまうのです。

すると、困った問題が起きます。
病院は、高齢者がそもそも入院してきた理由である病気やケガを治療しようと、安静を求めたり、点滴をします。
ところが、認知症の患者は、自分が病院に居ることも、病気やケガをしていることも、なぜ点滴をされているのかも理解できません。
すると、自分で点滴を抜いてしまったり、勝手に歩き出し、転倒や骨折してしまう場合が少なくありません。
そのため、病院では、行動を落ち着かせるため、向精神薬を過剰に服用させたり、患者がひとりで歩き回ったりしないよう、車いすやベッドに手足を縛ったり、点滴のチューブを抜かないよう手指の機能を制限するミトン型の手袋をつけたりする身体拘束が行われているのです。

しかし、自分がなぜ病院にいるのか理解できない認知症の人は、身体を拘束される理由が理解できないため、「なぜ、この人たちは、自分に意地悪をするのだろうか」と周囲の人への不信感を募らせ、暴力的になったり、大きな声をあげるなどの行動・心理状況を急速に悪化させるのです。
たとえ、病気やケガが治っても、入院をきっかけに認知症が一気に進み、寝たきりの高齢者を生み出してしまう現状に、認知症になった本人が辛いのはもちろん、家族や医療機関も心を痛めています。












ユマニチュードの考案者であるイヴ・ジネスト氏インタビュー


ユマニチュードの哲学とは、人と人との間に生まれた「絆」を中核とする哲学です。
重い病気に侵されたり、認知症や、昏睡状態に陥ったりすると、人間同士が本来持っている関係性の絆が切れてしまいます。
病状がどうあろうとも、最後まで人間を人間として感じていられるように、私たちはユマニチュードを用いてその絆を再び確立します。
これは、相手を人間として認識する哲学なのです。




母親が赤ちゃんに話しかけるぐらいの距離を保つことで、周囲の環境に注意を分散されることなく、目の前のあなたに集中してもらうことが出来るのです。すると、多くの高齢者が、こちらが示す優しさを受け止め、両腕を開いて優しく微笑み返してくれます。

困難の多くは、人間関係を成立させる技術が不足しているから起きるのです。

 

攻撃的と言われる場合、ほとんどが防衛的な反応をしているだけです。

ケアする人が、自分が相手にとって敵ではないことを、本人の感情に訴える必要があるのです。

私たちは優しく、ケアをしているのだと伝える技術です。優しい人で、ケアをしてくれる人だと分かれば、相手もそれを受け入れ、すごく優しく協力的になります。

もし、あなたのことが誰だか分からなくなってしまっても、あなたに微笑み続けることは出来るのです。
なぜなら、心のなかで感情と感情のつながりは、完全な状態で生き続けているからです。
高齢者は、自分の人生をずっと生き続けてきたその人のままなのです。




誰かと人間関係を築く際には、好意を感じる視線や、優しく触れられることが必要なのです。
自分は人間だと感じることができる言葉が必要なのです。

赤ちゃんは触られること、目を合わせること、優しく前向な言葉をかけられることで人間の世界に受け入れられた喜びを感じることができるのです。

ただ、注意しなければならないのは、高齢者は赤ちゃんとは違うということです。認知症のひとが赤ちゃん返りするというのは、まったくの間違いで、認知症になり、コミュニケーションが難しくなっても、豊かな人生経験を積み重ねてきたことに変わりはなく、子供扱いは、その経験に基づいたその人らしさを否定することになるのです。
豊かな感情記憶に基づいた判断をしていることにおいて、経験のない赤ちゃんとはまったく状況が異なっているのです。



私は日本の社会に問いかけます。
一体誰が2ヶ月もベッドに縛られることを受け入れられるでしょうか?
誰が、白い天井だけを見つめて生きることを受け入れられるでしょうか?
そんな人は1人もいません。
誰も、そのような状況では生きられないのです。





理解しなければならないのは、物事を変えるのはとても大変なことだということです。私が世界中で直面するのは、自分の仕事に喜びを感じていないケアをする人たちです。
嘆き声かいたるところで聞かれ、自分の仕事に自信が持てなくなり、燃え尽きて仕事を辞めてしまう人達もいます。
ケアをする人たちは、良いことをしたいと思っています。
しかし、人員不足や誤った習慣、技術不足などが原因となり、なかなかうまくいかないことがあります。
それが、今、述べたような問題を引き起こしている可能性があります。
それでも、私は、最後には、きっとうまくいくと思っています。
なぜなら、ケアに関わる仕事は、世界で最高に素晴らしい仕事だからです。



今までは、スケジュール通りに決められた時間にケアできる人が優秀な看護師だとされてきました。
それは、まったくの間違いです。
認知症の人が逆に私たちに教えてくれたのです。
強制ケアは、認知症の人の健康を悪化させます。
ケアする人を不幸にします。
そして、患者さんの家族も不幸にします。






患者は私たちのものではありません。
まず、患者本人のもです。
そして、本人を愛している家族たちのものです。
私たちはお手伝いをするだけです。
自宅に戻った高齢者と直面するのは誰でしょうか?
私たちがいなくなった後、ケアを続けるのは誰でしょうか?
いずれにしろ、最高のパートナーである家族に伝えられることを全て伝えるのが、私たちの義務なのです。






ユマニチュードの特徴の1つは、ユマニチュードが自然ではない点です。
人間というのは、自分の好まないもの、自分がなりたくないものを見るように出来ていません。
自分が意識しないうちに目をそらせて見ないようにしてしまいます。これは、人間のごく自然な反応です。

その状況であえて、相手の目をのぞきこむアイコンタクトをごく近距離から行うことは、言わば「不自然」な対応なのです。

我が家のお年寄りを、深く愛している家族にも同じことが起こっています。
病院内と同じことが起こっているのです。
家族も学ばなけられはならないのです。
多くの家族が、そうすることで人生が変わったと言っています。

自宅介護の認知症の高齢者の場合「見る」「話す」「触れる」方法を学び直すだけで、状況は大きく変化します。

ユマニチュードを自宅に導入することによって、患者は人間という種に帰属する感情を保持することができます。死に至るその日まで、尊敬を保ち続けることができるのです。






老人というのは、全ての文明社会において、先進国において、経済的な負担が大変大きい厄介事だと考えられています。
そのような見かたは、自らの親に対するひどい侮蔑です。
高齢者は社会を支えてきた根であり、それをないがしろにする者は、果実を手にすることなど、決してできないのです。

ユマニチュードが広がれば、高齢者や病気に対する社会と人々の見方を変えることが出来ると思っています。









一方、日常的に認知症ケアに携わる介護現場のスタッフからの声も少なからずありました。
「そうはいっても、このスタッフの人数の少なさでは、1人ひとりに向き合う時間が長くなれば、日常業務が滞ってしまい、実践するのは難しい。」とか、
「現在の医療や介護に金をかけない状況そのものに限界があり、それが変わらなければ、絵に書いた餅だ」という、現場で仕事をしているからこそ、感じるもっともな意見も非常に参考になるものでした。




介護スタッフからの反応で、もう1つ特徴的だつたのが、ユマニチュードに対する批判的な意見が以外に多く寄せられたことでした。
「これまで介護の現場では当たり前に行なわれてきたこと」
「外国から目新しい手法が入って来る度に、もてはやすのは考えもの」という批判です。

何とか相手の力になろうと思ったり、優しさを伝えようとしても、それがうまくいかずケアを拒否され、暴言や暴力を振るわれ、優しく真面目な人ほど苦しんできたのが現状ではないでしょうか。

それが、仕事でしている場合は経済的に報われない場合が多く、燃え尽き症候群に陥り、離職へとつながってきた面は否定できません。
















認知症の人が増え続ける今、認知症の人が事故に巻き込まれ、事故の後、鉄道会社から振り替え輸送費などの名目で損害賠償請求も起こっている。

事故による損害賠償請求を家族など介護に関わっている人に追わせるなら、認知症の人の介護に関わる家族や施設は、徘徊のリスクを抑えるため、部屋に鍵をかけたり、玄関のドアをダイヤルロック式にするなど、行動の自由に制限をかけるようになりかねません。

また、家族にとって、ただでさえ苦労の多い認知症の人の介護に、常に莫大な金銭的負担を強いられるかも知れないという精神的プレッシャーが上乗せされることは、大きなストレスになります。

その結果、「やっぱり、認知症の人とは暮らせない」という思いを強めたり、病院や施設でも「徘徊する認知症の人」はお断りなどといった正に時代に逆行する流れを加速させかねないのです。

まだまだ、介護の負担を個人ではなく、社会が支えるという、介護の社会化の理念は実現しておらず、むしろ家族の支えを前提に、家族に重い負担を強いることで成り立っているというのが現状です。












予防することで介護が必要にならない、仮に必要になっても卒業することが出来る、卒業することで介護費用を、より介護が必要な人たちに分配することが出来るようになります。

その介護予防の担い手として、まだまだ元気な高齢者が役割を果たすことは、本人の自信にもなり、それ自体が元気を維持し、認知症の予防につながります。
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