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うつの8割に薬は無意味 井原裕 

p110〜

…ところが、ここに深刻なコミュニケーション・ギャップが生じます。

医師側は、薬を出すことしかできません。一見断定調に響くこの宣言も、所詮は劣等感の裏返しにすぎません。
しかし、患者側は、逆にすべては薬で解決してもらえるのかと錯覚してしまいます。「薬を飲めば大丈夫」、そう期待してしまうのです。
その際、両者は重大な事実を失念します。それは、人生の悩みのすべてを抗鬱薬が解消してくれる訳ではないという当たり前の事実なのです。

実際、「入眠困難」の患者が、その一方で朝遅くまで寝ているとすれば、問題は「睡眠相(睡眠のパターン)」の後退にあるのであって、入眠困難は朝寝坊の結果にすぎません。
一方、早朝覚醒は、そもそも就床が早すぎるせいかもしれず、その場合は、臥床時間を短縮し、睡眠相全体をあえて後退させなければなりません。中途覚醒については、そもそも臥床時間が長すぎることが原因かもしれません。

こういう睡眠の実態を把握するには、「入眠困難」「中途覚醒」「早朝覚醒」などの古びた専門用語は、かえって睡眠の真の実態を理解することを妨げます。
睡眠というものは、ある夜において、眠りに入りづらかったとか、途中で目が覚めたとか、朝早く目が覚めたかなどといったことは、まったく些細なことにすぎません。
睡眠の実態を把握することは「ある夜の睡眠」を把握することではなく、睡眠・覚醒リズムを把握することです。リズムを把握するということは、一晩や二晩の睡眠のことではなく、数日間に渡る睡眠と活動の織りなすサインカーブを理解するということですを睡眠・覚醒リズムとは周期性を持った活動であり、そのパターンを理解することが必要です。

最低でも7日程度の期間をもって判断しなければいけません。逆に言えば、2日程度の短時間睡眠は、もし3日目にある程度長い睡眠で代償できていれば、大した問題ではありません。

薬なんて、使っても、使わなくても、どっちだっていいのです。どっちだっていいけれど、患者としては、間違っても「薬さえ飲めば治る」などと思ってはなりません。医師の側だって「薬さえ飲ませれば治る」などと夢にも思ってはなりません。頼りにならないものに頼ってはなりません。

ご自身におかれましても、「薬を飲めば治る」という浅はかな期待をいい加減捨てていただかなければなりません。何か特効薬のようなものがあって、正しい診断を受けて、その特効薬を飲めば、みるみる良くなっていく、そんな甘い話しに騙されてはいけません。

患者さんに申し上げます。自助努力は必要です。それなくしては、どんな薬を飲んでも治りません。もしあなたの主治医が具体的にどうこうせよ、ということを言わないとしたら、1日7時間超の睡眠、睡眠相の安定、そして、断酒、この3点を守ってください。
主治医に怒りをぶつける前に、まずは、ご自分でできる範囲の努力はしてみましょう。

その努力をせずに、主治医を責めることをすれば、その先生は「努力きないあなた」に代わって、自分にできる「努力」をすると思います。あなたに責られたくない、だから努力をする、どんな努力か?
それは、薬剤の増量であり、変更であり、他剤の追加であり、あげくの果ては入院の勧め、電気痙攣療法の勧めでしょう。




精神療法というものについての、とてつもない誤解があります。どの精神療法技法が有効であるかとか、どの精神療法には統計的にエビデンスの高い論文が出ているかとか、どのジャーナルに最近どんな論文が出ていたかなどは、個人の治療にとってはまったく些末(さまつ)なことにすぎません。無益なおしゃべりに時間を消費することなく、今必要なことにストレートにアプローチしていかなければなりません。

精神療法的に思考するとは、個々の症例に即して、治療の優先順位を考えることです。

現在、この患者において何が1番の問題になっているのか、今日の診察ではどのようなことが面接の話題になりそうか、あるいは、どのような話題には今深入りするべきではないか、さらには、患者があえて今深入りすべきことに触れたときに、それに対してどのように言葉を返していくか。そういった「今、ここで」必要なことを考えることが、精神療法的に思考をするということなのです。ナントカ精神療法一般とか、ナントカ技法一般を論じても意味がありません。
「この患者の、今、ここ」をこそ徹底的に考えなければいけません。






ひとりの患者さんが、同時に多数のテーマを抱えています。短時間睡眠やアルコール乱用などの生活習慣の問題に加え、過重労働、超過勤務、派遣切りなどの労務関係、失業、多重債務、相続問題などの経済問題、上司部下関係、嫁姑の葛藤等々。
精神科医として最悪なのはこれらの問題に目をつぶって、薬を出して強引に治そうとすること。これが1番いけない。しかし、次にいけないのは、これらの問題すべてを等価に扱って、優先順位をつけないことです。

精神療法的に思考するとは、優先順位をつけることです。そして、患者さんと話し合って「できることから始めましょう」と提案することです。
順を追って解きほぐせるところから解きほぐしていけばいいのです。寝不足の人には十分に眠っていただく。その場合「6時起床、23時就床」などと具体的に目標を決めたほうがいいでしょう。
それだけで疲労はとれ、脳はクリアになります。そうなったところで、うつをもたらした事情をひとつずつ解決していけばいいのです。
事情は様々です、過重労働、多重債務、人間関係など。これらは、混乱した頭では解決策が浮かびません。しかし、脳を休めた後であれば、「あの人に頼もう」とか、「弁護士に相談しよう」などといったいい知恵が浮かんできます。

精神療法とは、個々の患者に応じて、優先順位を考えていくこと。患者さんの個別性を等閑視して、どの精神療法技法が有効であるかとか、どのジャーナルにエビデンスの高い論文が出ているかなどの無駄話にうつつを抜かすことはないのです。






精神療法については、多くの人が誤解し、特にそれを自分で行なっていない精神科医たちは、とてつもなく誤解していますが、ある技法を処方すれば、そのプロトコール(実行手順)にしたがって着々と治っていくようなものではありません。
精神療法のプロセスというのものは、行きつ戻りつ、三歩歩いて二歩下がるような、らせん状の進行をするものです。

「働きかけ継続的に行なう」ために必要なことは、診察のたびに目的を明確にすること、そして、診察のたびに次回診察までの課題を患者さんに提示することです。前回の診察を踏まえて今回の診察わ始めていき、次回の診察につながるように今回の診察を終え、診察後、カルテに次回の診察の最初に確認すべきことを記す。こういうことを繰り返していけば、診察が連続ドラマになります。
逆に、下手な治療者は、毎回の診察で何を話題にしたらいいかわかっていません。前回の診察で患者さんに課題を提示することができていれば、当然、今回の診察ではその達成状況を聴くところから始めなければなりません。しかし、そもそも前回に具体的に何かをせよと言っていない、だから、前回の診察を踏まえて今回の診察を始めることができない。結果として、診察が1回だけの単発に終わり、連続ドラマになっていかないのです。これでは「働きかけを継続的に行なう」ことはできません。
PDCAサイクルを回すとは、診察をシリーズにすることです。担当医と患者とで目標を共有し、診察のたびに確認し、次の診察につなげていく。こうして1つの物語を患者と医師とで共同して展開させていこうとするわけです。









当科の外来では、診察の最後に毎回、就床・起床時間や散歩などの課題(宿題)が出ます。「夜11時就床、朝6時起床」「毎日30分の散歩」「週3日は休肝日」などで、患者さんは次回の面接までにその宿題に取り組み、結果を「睡眠日誌」に記録していきます。

心の健康にとって必要なのは「正しい生活習慣」であり、生活習慣をヘルシーにしさえすれば、心の健康は後から勝手に作られていきます。症状だけを治そうとするから失敗するのです。健康な睡眠・覚醒リズムさえ確立すれば、症状など勝手に治ってくれます。
そのことをうつで悩んでいる患者だけでなく、ご家族の方にもよく知っていただきたいと思います。そして、何でも医者任せにしないで、自分で出来ること、やれることについては、やってみること。生活を変える、習慣を変える、行動を変える、そのための主体的な努力なくしては、うつは治りません。ご家族の方にもこの点にご理解をいただき、ご協力いただきたいと思います。











うつの患者さんの治療に際しては、療養指導による睡眠習慣の改善とともに、そもそもの原因になっている社会的な問題の解消も必要です。社会的な問題とは、労働問題、貧困問題、対人問題などの諸問題を言います。 言うまでもなく、これらは「脳の病気」ではないので薬物療法を行なっても効果は期待できません。抗鬱剤には「抗派遣切り効果」もなければ「抗失業効果」もないし、無論「抗嫁姑葛藤効果」もないわけです。社会的な問題は薬では解決しません。
私たちの診察室では「薬なんかでごまかしてはいけない。放っておいたら、かえって大変なことになりますよ」と患者さんに申し上げ、危機感を持って対処していただくようにしています。
具体的には患者さんが直面している問題に応じて、弁護士や司法書士や労働基準監督署などに相談するように勧めたり、家族会議で話し合いで解決するように促したりしています。

薬で多重債務は解決しません。嫁姑問題だって解決しないのです。まして、「仕事がうまくいかない」などという問題は、薬でどうなるはずもない。結局、自分で解決するしかないわけです。「先生、助けてください」と言われても、私ども医者だって困ってしまいます。
その事実に患者さんもご家族も向き合っていただきたいと思います。
例えば、多重債務の問題であれば、弁護士や司法書士などを探して自己破産も含めた債務整理の道筋をつけてあげればいいでしょう。失業や派遣切りの問題であれば、医者ではなく、ハローワークや求人情報誌をこそ頼るべきでしょう。青年期のうつに必要なことは「自分探しより職探し」であり、仕事をすることで経験を積み、新しい出会いがあり、新しい可能性を見つけることが出来るのです。













うつに限らず、およそすべての疾患というのは、治療に専念すべき「いたわりの時期」と、努力してリハビリテーションに取り組む「きたえる時期」とがあります。いたわるだけでは、心も身体も弱くなります。きたえるということもしておかないと、本当の意味で強い身体も精神も作られません。リハビリの時期には元の生活に戻すために少しずつ負荷をかけていきます。その過程では、本人にとっては少々苦しい時期もあります。頑張りも必要だし、気合いや根性すらも必要です。勝負どころでは強い気持ちを持って壁を乗り越えていこうということをしなければなりません。

人生には、そういうここ1番の頑張りどころがあります。その時患者さんの力になるのが「大変だけど頑張ろう」のひと言であって、うつ病だけが例外などということはあり得ません。その意味で「うつ病=激励禁忌」の神話は、うつからの回復を甚だしく妨げています。
もうとっくに頑張るべきリハビリの時期に入っているのに、依然として、背中を押すひと言がない。医者も「うつ病=激励禁忌」で洗脳されていますので、ここぞというときに「さり気なく背中を押す」ということができないのです。



「うつ病=激励禁忌」は、一般の人にも知られていますから、患者さんも誤解します。「頑張らなくていいんだ、無理をしなくてもいいんだ」そう思います。それは、治療の最初期に限っては、間違いではありません。しかし、その後のステージでは別です。特に、回復期には頑張りが必要です。
うつ病のリハビリで1番大切なことは自助努力です。療養上の努力を自らが行うことなくしては、治療も回復も実現しません。それを促し支えるのが精神科医の役割です。周囲の人も、「ここを乗り越えれば、きっと良くなる。だから頑張ろう。」と言って、励ましていかなければなりません。患者さんが1番欲しいひと言は、温かい励ましの言葉なのです。













「心のケア」という場合、「若者には夢を、高齢者には思い出を」が原則です。若者には未来を語らせること、お年寄りには過去を語らせることが、そのまま精神療法になります。夢を語らせると、若者は誰もがハツラツとしてきます。思い出を語るお年寄りは、皆いきいきと輝いてきます。













自殺防止の最大の方策はなにか。それは希望を与え続けるということです。うつ病は基本的に治る、その事実を他でもない患者さん自身が知っておくことです。それも、周囲の人が何度も繰り返し、耳にタコができるくらい言い続けることです。この苦しみが永遠に続く訳ではないということ、いつかは終わりが来るのだということ、そう信じられることこそが自殺に対して何よりの抑止力になります。

抗うつ薬、とりわけSSRIなどの新型の抗うつ薬は、上手に飲まないとかえって自殺のリスクを高めます。上手に飲むとはどういうことか。それは、決められた量以上に服用しないこと、薬剤の効果を高めるために、十分な睡眠、安定した睡眠相、断酒といった原則を徹底すること、これが大切です。










精神科医は患者を治せない、治すのは患者自身



精神科医は頼るものではありません。利用するものです。精神科医の役割は落ち込んだり傷ついたりしている患者さんに対して、今置かれている状況を客観的に見て、日々の生活を検討し、どこが悪く、どこをどうすれば、少し心身の状態がよくなるのかを提案することにあります。そして、最終的に「勇気を持って現実に向き合えるように」と促すことが仕事です。現実逃避の口実を与えるのが精神科医の仕事ではありません。むしろ、現実に向き合うよう励ますことこそ、精神科医の仕事です。